分析癖

 ヒットしたアイテムがあるとその理由を分析したくなる。何がよかったのかを要素に分けていちいち検証する。それは意味があるのだろうか。

 私は意味はあると考える。分析するとは自分なりの視点を持つことであり、詳しく観察する過程にあることだ。だからやるべきことである。そこに新しい発見がある可能性はある。

 ただ、いくら分析しても同じものは作れない。同じようなものも作るのは難しいだろう。様々な要素の組み合わせと相互作用によって物事はできあがっており、部品に切り離した時点でもうまったく別物になっているはずだ。

 学問でも日常生活でもこのことを時々思い出す必要がある。

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