師に出会うなら

 教育において師匠の模倣が大切だということは日本の教育に根強く残っている考え方である。ただ、この基底には弟子の師匠に対する無批判かつ無根拠の信用が欠かせない。よく分からないがなんだか素晴らしいと思う人物に出会ったとき、学びの効果は最大限に発揮される。これは伝統的な武道や芸事の世界では普通に見られることだ。

 ところが、今日の学校教育ではそれが通用しない。教師が生徒を評価するのと同様に教員も常にだれかに評価されている。教員としての自尊心は早くから傷つけられ、産業的効率性の中に位置づけられ数値化される。教え方がうまいか下手かが例えば、教えた生徒の受けた数回の試験で計測されていく。これでは伝統的な師は生まれない。学校にいるのは常に自らが淘汰されないかをうかがう労働者に過ぎない。

 伝統的な学びの発動をもたらしたいのなら学校はやめた方がいいのかもしれない。むしろ私塾のような場所で自分の習いたいことを習える環境を作った方がいいのかもしれないのだ。自分にとっていい師を見つけるのは実はとても大変だ。たいていはまやかしかも知れない。でも本当の師匠を見つけた弟子はきっと師を超えることができる。これが東洋的な教育なのだと思う。わずかに大学院の研究室などにそれが残っていると信じたいが、どうなのだろう。

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