先日、美術館で見た展覧会の絵の人物像にはなぜか顔の表情がはっきりと描かれていないものが大半でした。全体的に幻想的な画風であり、抽象絵画の趣さえ漂う筆致のため、さほど不自然ではありませんでした。顔のない人物像の持つ可能性を考えました。
私たちは他人の感情、精神状態を視覚を通して判断することが多いのですが、そのかなりの部分に顔の表情という情報があります。喜怒哀楽は全身に表れますが、やはり表情ほど雄弁な部分はありません。その表情という重要な要素を敢えて省略することは画家にとっては大きなハンディのはずです。微笑んでいるひとを表情なしで表現することの難しさを考えるだけでもそれが察せられます。
しかし、その負荷を敢えて負うことで拓けてくる可能性もあります。表情がない人物像を描くためにはボディランゲージに敏感にならなくてはなりません。また人物以外の要素、背景とか構図とかその他の要素に鋭敏になる必要性があります。そこで磨かれる表現力は大きな芸術性をもたらします。
さらに、絵を鑑賞する側にも同様の効果があるはずです。不完全な描写の中に何を感じとることができるのかは見る側の想像力によります。その裏付けとなる人生経験そのものが問われることになります。
表情を敢えて描かないという選択は画家にも鑑賞者にも大きな挑戦であり、可能性を秘めているのです。
