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偉大ではない国

関税が世界を揺るがしている。アメリカの実施した相互関税という考え方は、国際的な立場の違いを無視して、数字上での平等を述べたものだろう。強者の論理であり、危険な考え方だ。アメリカの一面が突出した形で現れた。

日本も例えば米の輸入に関してはかなり高い関税をかけている。米への拘りは文化的なものであり、全国の田園の維持のために行われている。それぞれの国によって保護したい産業があり、そこに高関税がかけられていることが多い。それらを等し並に不公平だと言って関税をかけていくのは、細部の事情をみずに、あるいは意図的に利用しているとしか言いようがない。

アメリカがこのようなやり方になったのは、かつての国力が失われていることの証左だ。アメリカをもう一度偉大な国にするというのがトランプ大統領の口癖だ。つまりすでに偉大な国ではないという自覚があるのだ。多額の国債や、国際社会における中国の台頭といった圧力がトランプ政権を動かしている。

人によっては第三次世界大戦への端緒を開いたという。それはいい過ぎだと断じたい。ただ、国際協調の機運が崩れれば決して架空の話ではなくなる。人類を愚の世界に陥らないようにするのが私たちのつとめだ。

国内経済圏の見直しを

パンデミックの時もそうだったが、今回のトランプ大統領関税ショックに接して、やはり国内でのサプライチェーンの確立は不可欠だ。グローバル社会の中で、他国との貿易によって生産原価をより安く、利益率を高くという戦略はこれからは通用しない。

バブル期の頃までの日本は自国でさまざまなものを作り海外に輸出してきた。その中には画期的な商品もあり、多くの利益を上げてきた。それが安価な労働力を求めて生産拠点を海外に置いた時からうまくいかなくなった。海外の安い労働力を搾取して、見かけ上の価格安定を計ったがこれが失敗だった。生産の技術は海外に漏れ、日本人は安かろう悪かろうに甘んじる感性が定着してしまった。

無理して働かなくても安いものを買えばいい。それが日本の経済に寄与しなくても知ったことではない、そんな考え方が理屈抜きに承認されてしまった。経済はカネを回すことで成り立つ。それなのに生産者は海外でモノを作り、富裕層は海外に投資し、庶民は安価なものばかりで済ます。カネは回らない。これでは苦労して働くことは格好悪いこととなり、賢い人は働かないという暴言がまかり通る。

島国である日本が国際社会でいかに生き残るのか。明治の人たちはそれに真剣に取り組んだ。そこに無理が生じさまざまな問題を引き起こした。でもそうした緊迫感は終戦を境に忘れられた気がする。

残念ながらエネルギー資源がない我が国にとって完全な自立は難しい。国際協調のために尽力しなければならない。でも、その一方でしたたかに自立を図るべきだ。他国に頼らず最終的には自国でなんとかできるというやり方を確立すべきだ。これは軍備よりも優先して行うべき自己防衛策だと考える。

世界が狂ってきていることを冷静に受け止め、戦い以外の方策で切り抜けること。それが第二四半期のルールとなるのは間違いない。

強者の論理

 アメリカの最近の政策を見るに強者の論理がまかり通っているように思えてならない。アメリカが世界の中で政治的経済的に抜群の位置にあるのは周知のとおりである。しかし、昨今の情勢をみるにその威力にはかなり陰りが見えている。それを知るアメリカの上層部は必至で対面を保とうとしている。それでも止まらないのは強者の理論である。

 強いものは弱いものを統治すべきであるという基本的な論理はアメリカの歴史そのものである。アメリカ国内でそれが伝説となるのはよいが、それを他国にも無理に当てはめると様々な問題が生じる。結局は価値観の押し付けだ。相手が中国のときはそうした声が出やすいのだが、アメリカになると黙してしまう人が多い。

 例えばアラブ地域の歴史をみるに、古代から他地域の干渉を受け、そのたびに歪みが生じている。ローマが衰退すると中世のヨーロッパ諸国が介入し、モンゴル帝国の影響も受け、近代になると英仏に支配される。冷戦注文も、東西の影響を受け続け、その後アメリカがイスラエル支援や対イラクなどで関与した。

 ヨーロッパに近く、民族や宗教は違う。なおかつ、統一的な権力を持ち得なかった地域の運命と言えばそれまでだ。しかし、それを他の地域の大国が自分の利益のために恣にしてきたことは間違いない。

 その大国がいまはアメリカである。自国の利益を最優先し、自らの利権のために振る舞うことが正義のように自認する大国が、自らの論理を振りかざす現実に強い危惧を禁じ得ない。同盟国であっても意見すべきときはするべきではないか。

 

交渉で勝ち抜く

 トランプ大統領の就任演説は危惧していた通りの破天荒なものだった。パリ協定や世界保健機構からの脱退すると宣言したことなどから察する事ができる。

 アメリカはこれまで世界の警察を名乗るほど、世界の様々な問題にコミットしてきた。優位を示し続けることで最大の資本国の地位を見せつけてきた。今度の大統領はそれを止めるのだという。自国第一主義といえば聞こえはよいが、要するに他人に構っていられる余裕がないのだ。新興の中国に手厳しいのはイデオロギーの問題だけではなく商売敵だからなのだ。

 世界保健機構にしてもパリ協定にしても、アメリカが多額の拠出金を支払い、自国の天然資源で商売することを妨げることになるからに過ぎない。かつてなら余裕があった超大国がそれほど強くはなくなったのである。

 トランプ大統領は基本的には商人であり、利益になることをやり、損になることを切り捨てる。自分の得になることは追求するが、損になることは前例にこだわらず切り捨てるのである。大言壮語するのはかつて公約していた国境の壁ができなかったことからも明らかである。

 この4年は少なくともそういう振る舞いに耐えなくてはならない。隣国のカナダやメキシコにも圧力をかけ、まず脅し、それから条件のよい交渉をしようとする。日本の商環境とは異なるので当面は困惑するだろう。明治の一部の政治家たち、戦後の白洲次郎のような気概のある指導者が求められる。ただし、戦いはあくまで避け、交渉ができることが不可欠だ。

 交渉で勝ち抜くという能力はどこで磨かれるのだろう。それが教育の現場でできるならばどのようなものなのだろうか。現在どのような実践がなされているのか関心がある。

停戦協定

 イスラエル、ハマスの間で停戦協定が結ばれる運びになった。第2段階として終戦への道筋も考えられているというがいかがだろう。

 ガザの戦いはハマスの越境攻撃に端を発したという。ただそれに対するイスラエル側の反撃は執拗で多くの非戦闘員が死傷している。街の大半が破壊され、復興の糸口すら見つからない。

 停戦にはアメリカ大統領の交替などの外部要因もあると言われている。中東は常に外国からの干渉に影響され、分断を繰り返してきた。今回の停戦が究極的な解決にはならないという見方が大半だが、何とか平和の道を模索してもらいたい。人類の限界をまざまざと見せつけてくるこの地区の動向に注目している。

心配な韓国の政情

 韓国の尹大統領が弾劾された。政局悪化に非常戒厳を持ち出したのは悪手と言わざるを得ず、国民感情を逆なでしてしまった。ただ野党側の党首も汚職疑惑があり、自分への批判をそらすために国民の関心を反日運動に向けさせようとする手法をとるリーダーなのが気になる。この策を取っていた過去の大統領はいずれも失策して失脚している。

 韓国は日本以上の少子高齢化と格差拡大という厳しい現実にあって、安定的な政局が不可欠だ。国民の観点からすれば今の状況を何とかしたいと願っているのだろう。だが、彼の国もそれを実現してくれるリーダーがいないようだ。

 戒厳令は全斗煥大統領の起こした光州事件の記憶が先行し、政局の展開の手段としては間違っている。ただ、おそらく野党党首の李在明氏が次期大統領に適当かといえばかなり怪しい。つまり、未来を託せる指導者がいないのだ。今回は大手メディアも戒厳令の方に注目し、事態の背景を追いきれていない。韓国の若者層もソーシャルメディアを含めた報道に踊らされて冷静な判断力を失っている。

 これは日本も似たような状況にある。ただ、分断を嫌う国民性がようやく混乱を抑えているのかもしれない。容易に解決できない問題に直面しているとき、そしてそれを導く者がいないとき、民主主義はどのようになるのだろうか。それを考えさせられる。

韓国で戒厳令?

 韓国で一時戒厳令が出たというニュースに驚愕した。ユンソンニョル大統領の支持率が低下していることは報じられていたが、国会と捻じれ現象にある政権が運用困難になっていることの証だろう。

 韓国の政権交代は非常に激しく過酷だ。大統領はその末期に悲劇的結末を迎える。先のムン大統領は今のところ無事のようだが、歴代大統領の人生を調べると信じられないほど残酷である。白黒をはっきりとつける国民性も影響しているのかもしれない。今回の記事の戒厳令も切羽詰まった末の決断だろう。

 日本と決定的に違うのは戦乱がすぐ隣にあることだろう。世界的にみても対立する国家が有数の経済力や未知数の軍事力を有し、かつ対立を続けているところは少ない。日本は戦争による解決という選択肢を捨てた国だが、隣国の情勢次第では方針を変えなくてはならなくなる。まずは大韓民国が安定し、他国から付け込まれることのないようにしていただきたい。

 古代からの戦術に離間の計なるものがある。仲間同士の争いを誘発し、国力を落とし、その間に他国から攻め落とすというものだ。基本的な戦略であるのにも関わらず、これに見事に引っかかってしまう。朝鮮半島の歴史には何度も繰り返されたはずだ。もちろん日本の歴史にも枚挙にいとまがない。

 国のために政策を争うのは大いに結構だが、その度が過ぎて国益を損じることがないように祈るばかりだ。

よりはマシ

 アメリカ大統領選挙の結果に失望した日本人はかなり多い。国民を扇動し、裁判では敗訴しているのに、そして選挙運動中の発言は理解不能だったのにも関わらず、選挙で圧勝してしまったからだ。アメリカ人の民度に失望した人も多かっただろう。

 ただ、いろいろな情報を総合すると、ハリス民主党よりはマシだと考えた人々が多かったということになる。その一つが民主党が国民の生活感を捉えられなかったことにありそうだ。急激な物価上昇という現実があるのに、選挙戦では人工中絶や性的マイノリティの保護の話ばかりを争点とする。間違いではないが優先順位がおかしい政策論争に国民が非を訴えたということなのだろう。

 二択しかないアメリカの政治にとっては積極的賛成か、比較的賛成のどちらかしかない。そもそもトランプ氏のような個の立つ人物が党の代表になっていること自体が実は問題で、よりふさわしい共和党代表がいないことに問題点がある。

 これは民主党にも言える。ハリス氏が副大統領としてもう少し実績を残していたら結果は違っていたはずだ。バイデン氏がもっと早く政権移譲を考えられる存在になっていたらと多くの人が考えている。ガラスの天井の問題とは異なる気がする。

 民主政治の性格として常に誤りを繰り返すということがある。絶対的権威がないことは選択ができるということだが、常に最善の選択肢が用意されている訳ではない。その中で比較的上級なものを探し、折に触れて意見を権力側に伝えて行くしかないのだ。それが機能するのか。注目したい。

 

アメリカに憧れるのは

 アメリカ大統領選が近づいている。様々な調査ではほぼ拮抗しているらしい。民主主義の国家としては当然と言えるが昨今のアメリカの情勢を見るに、議論がなされる国というよりは分断が進む国家という印象が強い。

 アメリカ合衆国は資本主義国のリーダーであり、世界の秩序を守る国というのが長年の認識だった。利権が絡む怪しい案件もあるが、世界の安定を守る一定の役割を果たしてきたのは事実だ。それが最近怪しい。

 トランプ氏にせよ、ハリス氏にせよ。どちらかが選ばれれば、暴動が起きる可能性が高いという。トランプ氏落選のときの暴挙が再現される可能性がある。民主主義という制度が本当に理想的なのかを世界に示すことになる。アメリカ国民には冷静に行動していただきたい。日本人としてもアメリカを理想とするだけではなく、批判的に評価できるようにならなくてはなるまい。

ハリス大統領なるか

 バイデン大統領が次の大統領選挙から撤退する旨の発表があった。有能な大統領とはいえ、高齢には勝てない。最近のふるまいからしてアメリカ大統領の職は重過ぎると感じていたため、勇退は大いに歓迎である。日本国民としては大いに賛辞を贈りたい。

 トランプ大統領候補はおそらく人間的には魅力的な人なのだろう。しかし、彼のような考えの人がアメリカのトップに就くのは不安しかない。自国優先で国際的感覚に欠如しており、ポピュリズムの操作には長けているが人を幸せにはできない。それは先の任期で証明されたはずなのにアメリカの国民は不都合なところには目をつぶってしまう。

 カマラ・ハリス副大統領は、父はジャマイカ系、母はインド系である。両親は離婚しているというアメリカ人には多いケースである。私としては性別やルーツは考慮のほかである。アメリカ人の考え方もかなり重層的らしく、白人男性至上主義はいまだに残っているようだ。そうするとハリス氏はかなりの逆境となる。

 トランプ氏が銃撃を受けた後の演説の報道を見ると、かつて独善的、煽情的な論調が戻ってきてしまったと思われる。共和党はもっといい党のはずなのにすっかりトランプ党になってしまっているのが残念だ。選挙に勝つことを優先してしまうアメリカ的民主主義の限界を見事に体現している。アメリカでも割の合わない仕事をしている労働者階級を、民主党が吸収できるのか、共和党が懐柔するのかで選挙の情勢は大きく変わる。民主主義の哀れさが露呈するのがアメリカの政治の在り方なのだろう。

 日本人の私にとっては誰が大統領になっても付き合っていくしかない。そして非力ながら、かれらのすきをついて異議を唱えて何とか立ち回るしかない。トランプさんよりハリスさんの方が気持ちを分かってくれるかもしれないという期待が少し大きいだけだ。私の言うことではないが、アメリカ国民には誇り持ってリーダーを選んでほしいと思う。