AIが生成する画像にはどこか共通点があるように感じる。男女問わず、どこかで見たことがありそうでどこにもいないず容貌である。日本人の顔のデータを並べてその平均をとったいわゆる平均顔というのがある。不思議なことに平凡にはならず、むしろかなり魅力的な顔立ちになる。
このことを、論理的には忸怩たるものがあるが、AIに質問してみると、平均顔は個々の個性が消されるだけではなく、欠点のように感じられるものも消去してしまうので、結果的に理想形に近づくのだそうだ。つまり、我々には実は素晴らしい一面を本来持っていて、それが組み合わされるより理想的な形になるということなのだ(ということで合っているのだろうか)。

さらに人工知能は美人、美男子の生成を指示されると、その平均顔に少し盛るものがあるのだという…例えば目を少しだけ大きくするというのは常道だとか。だから、AIの生成する日本人の美人はどこかで見たことがあるように見えて、どこにもいない存在になるのだという。うべなるかな。
最近はいわゆる超美人、美男を見るとAIのようだという褒め言葉があるそうだ。AIに見間違えたというのは実はおかしな表現だと思う。人々の理想を具現化したのがAIで、そこに映し出されたのは現実ではない。それを現実と比較すること自体が間違っているのである。
現実の積み重ねから生まれる平均顔と、それをもとにしながら最後はスパイスを加えてしまう人工知能とそれを享受する私たちのあり方に、哀れを感じてしまうのは私だけだろうか。
