最近、クラシックのコンサートに行く機会が増えている。クラシックは音楽の古典であり、長い年月を経てその価値を不動にしてきたものである。楽曲の素晴らしさはもちろんだが、さまざまな演奏者による解釈を受けながらも評価に耐えてきたのである。
いろいろなオーケストラと指揮者の組み合わせを聴いてみるとどれも少しずつ違う。それでもその都度感動してしまうのは楽曲の良さと演奏者の努力とが相乗するからだろう。
古典文学を読むときも同じようなことを感じる。また歌舞伎や落語などの芸能と呼ばれるものも演じ手によるさまざまなアレンジや改変に耐えて作品の力を維持している。古典の力というものの存在を確かに感じるのである。
