立憲民主党の今後

 立憲民主党の一人負けが際立った選挙になった。ポピュリズム政党が議員数を獲得したのはひとえに立民の失策によるものだ。

 立憲民主党は野党第一党であり、政権経験者でありながら、存在感を示すことができず、中道左派という位置づけを払拭できなかった。政権交代を求めるならば振れ幅は少ない方がよい。革命のような過激な変化は国民の求めるものではない。そのことを理解しているのが立憲民主党であるはずなのになぜか失策ばかりである。

 民主党時代の政権を悪くいう人は多い。でも、既得権を持つものだけが勝ち続けるという図式を少しだけ壊したことは意味があった。昔の政党の有様から考えれば、民主党は十分に保守勢力であり、労組の支援を受けているといっても、十分に資本主義的な政策であった。何よりも政権交代可能な勢力があったことが幸福な選択肢をもたらしていた。

 ところが東日本大震災という不幸があり、政権交代の経験値の低さもあり、失策ばかりが強調されることになった。民主党が右派と左派で分裂したのも残念だ。自民党は派閥によっては別の政党といつていいほどの多様性を抱えているのに、野党はその微差が乗り越えられない。結果として長期政権が継続し、腐敗が表面化しても結局生き残ってしまう。淘汰が起きない政治が継続してしまうのである。

 政権交代ができないこの国のもたらす自浄作用のなさは問題がある。かといって基本政策が違いすぎる政党には任せられない。その選択肢を担う可能性があった政党が没落してしまったのは残念だ。

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