何とかファーストという政策があちらこちらで見られる。これらに共通するのは自分たちの権利が不当に侵害されており、失われた取り分を回復するという主張だ。その背後にはそこはかとない喪失感がある。
この考え方は不遇と感じる人々に共感される。現在の日本の状況では上手くいっている人は僅かであり、程度の差こそあれ、何某かの不満を抱えている人が多い。彼らにとって自分を含むグループがファースト扱いされると言われると限りなく魅力的なものと映るはずだ。
この考えの危いところは、すぐに排他的な思想に流れる可能性が高いことだろう。自分たちがファーストであり、他はその他大勢に過ぎない。自分たちが正義であり、他は邪悪な存在だ。そういう結論に行き着く。
日本人ファーストをうたう政党がいま支持率を上げている。彼らの言うことには一理あるが、しかし現在の日本が外国人労働力なしには成立しなくなっていることに対して一切触れない。あたかも日本人だけですべてができるようなことを夢想して、平気でファーストなる甘言を振り回す。そして、それにつられる人が多い。民主主義のデメリットが残念ながら表出している。
アメリカファーストの大統領は、同盟国も含めて日々信頼を落としていることに気づいていない。彼は任期が終われば幸せな老後があるかもしれないが、信頼の失墜したアメリカの斜陽をもたらしたことを後世の歴史家は語ることになるかもしれない。
都民ファーストなる政党は今の都知事の元では何とかなるかもしれないが、東京の優越をよく思わない非東京の勢力が発言権を持てば窮地に陥るかもしれない。都民ファーストといっても都民への恩恵は僅かであり、政権維持のための補助機能に過ぎないのだから。
ファーストという言い方を裏返すと、ファースト以外みな疎外という考えである。差別主義を婉曲的に述べた巧妙な表現だ。今後の世界が分断し、互いがファーストを主張したときにどのような状況になるのか。想像するにそら恐ろしい気がする。

御意‼️