切り取り

 発言の一部を巧みに摘出し、ときに組み合わせて発言の内容を曲解することがよく見られる。切り取りと言うそうだ。短い動画が世界的に流行しているがこの歪曲された情報はその中でループされている。

 話法に譲歩の型というものがある。簡単にいうと、一般的にはAだが、私はBだと考える、といった論法で、筆者のいいたいことはBの方でAは比較される材料に過ぎない。しかし、悪意のある切り取りではAの方が引用され、真意は伝わらない。

 受け手としてはそれがどの程度の引用なのかを考えなくてはならない。本当にそんなことを言っているのか。限りなく原資料に遡及する努力は必要だろう。ショート動画やソーシャルメディアにそれが掲載されていても鵜呑みはできない。

 発信者の方も工夫が必要になる。切り取られにくい論法を考慮しておく必要があるのだ。どこが引用されても曲解されない工夫はやはり必要である。メディアリテラシーは細部に渡り必要になっている。何が本当でどこにまやかしが潜んでいるのか。常に注意しなくてはならないのだ。

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