悪夢誘引

 上方系の落語に「天狗裁き」というのがある。それがたまたまラジオの寄席番組で演じられていたので聞いてしまった。「てしまった」というのはその後の結果に関わるのである。深層心理の恐ろしさというか、自分の精神管理の未熟さというかそういうものに悩まされてしまったのである。

 「天狗裁き」はある男が妻に起こされ、いまとても幸せそうな顔をして寝ていたがどんな夢を見ていたのかと問われることから始まる。男は何の夢も見ていないというと、そんなはずはないと妻が立腹する。その様子を側聞した長屋の隣人が夫婦喧嘩の仲裁をする代わりにその夢を聞かせてくれという。男は夢など見ていないというと、その隣人も立腹し喧嘩になりかけているところに長屋の大家が通りかかり仲裁すると、私にはその夢の内容を聞かせてくれと言う。男は夢など見ていないというとこの大家も激怒して話さないなら長屋を出て行けと言われる。男は奉行所に訴えると、奉行はくだらないといって裁きを中断し、人払いをした後に私にだけは夢の内容を教えてくれるなと耳打ちされるが、男はもともと夢など見ていないというので拷問される。その中で意識が異界に飛んで天狗が現れ、そなたの痛みを救いたい、その代わりに夢の内容を教えてくれという。男は夢など見ていないとうろたえているときに、妻の声が聞こえ、あなた何の夢を見ていたのと問われる、とそんな内容であった。少し違うかもしれないが。

 よくあるパターンの落語であるが相手の格がだんだんと変わりながら、結局同じことを繰り返すのが面白い。最後が夢落ちになっているのもよくできている話だ。この話を聞いていろいろ感心してしまった。

 そこまではよかったが、その後私が本当に眠りにつくと悪夢が次から次に浮かんで寝苦しい。それを打ち消そうといろいろ努力しても、そう思うたびに悪条件が積みあがっていくような展開になっていったのである。悪夢はそれだけで精神を疲弊させるが、この時の夢は波状攻撃的ダメージを与えるものであった。夢に苦しむのは久しぶりであったといえる。

 この夢は落語で聞いた話の反芻を行ううちに脳内で起きた一種の暴走なのだろう。私にはこういう夢でのアレンジがとても多い。それを覚えていて文字にでも書ければ面白い話でもかけそうだが、大抵の場合起きてすぐに忘れてしまっている。あるいは覚えていることもかなりとのすり合わせの上で修正された末の形である。楽しい落語が悪夢を誘引してしまったいう話だ。悪夢を逆夢として跳ねのけて明日からは生きていくことにしている。

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください