裏の意味はないように

 寓意というと分かりにくいかもしれない。裏の意味と言えばいいのだろうか。私は比較的この表現法を取りがちな傾向にある。表面的に述べていることと本当に言いたいこととの間に階層があり、わかる人には分かるという言い方をしてしまいがちだ。

 これを分かりにくいというか味わい深いというのかは他者の判断による。私はわかる人には分かるというコミュニケーションを良しとする文化の中で育ってきたせいでこういうややこしい表現をしがちだ。

 でも、最近は少し反省している。比喩や寓意に富んだ表現を理解できない条件を持っている人がいると知ったからだ。センスの問題ではなく、脳科学的に裏の意味を理解しにくい人が一定数いるらしい。彼らが能力的に劣っている訳ではない。ただことばを文字通りの意味て理解し、それ以上は迷わない人たちが存在するということだ。稀少性はなく、普通にいる。

 彼らと共生する私はコミュニケーションの仕方をやはり変えるしかない。最低限伝えなくてはならないことは、修飾語を施さず正確に伝えよう。これをした上で余情あまりある場合は、私の得意なもって回った詭弁を弄することにする。

 様々な環境の人と共生し、助け合って生きていることにしよう。そのためには自分の価値観を押し付けるだけではいけない。時には相手の思いに寄り添うことも必要だ。

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