バスを待つ

 バス利用者にとっては当たり前かもしれないが、私のように電車にしか普段乗らない身にとってバスを待つのはかなりスリルがある。

 都会のバスならいざ知らず、地方都市のそれも郊外を走る路線は1時間に一本か二本あればいいほうだ。前に住んでいた町など1日二往復しかなく。朝駅に向かうのと夕刻戻ってくる便しかなかった。こういう路線はざらにあるはずだ。

 すると乗り過ごすという意味が変わる。時刻表通りにバスが来るとは限らないから少し早めにバス停に着き、定刻を過ぎても待ち続けることになる。何かの事情で定刻ぎりぎりにバス停に着き、なかなか来ないときは、もしかしたらもう通り過ぎているのではないかと心配になる。他にハスを待つ人が誰もいないときは特に不安だ。

 こういう来ることは分かっていてもいつ来るのか分からないという存在は人生の様々な場面に似ている。幸せも不幸せもいつかは我が身を通り過ぎる。その中には病も死も含まれる。時刻表は非常に大雑把だが必ずやってくることには相違ない。

 時々バスに乗るときいつもこのことを思う。

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