今年も残り少なくなった。この際、今年あったことを振り返ることにする。
1月は共通テストの会場で受験生を切りつけるという衝撃的な事件があった。東京大学会場というのも象徴的だったが、大学の試験の在り方が問題視される中で起きたことであった。一回きりの試験で人生の大半がきまるという制度はすでに時代にあっていない。また現実としても学歴だけが基準にはならなくなっている。それを教育関係者も企業の人々も考え直してほしい。私もそのころはこんなことを書いていた。
トンガ近くの海底火山の大噴火も大きな話題となった。津波も発生し、日本でも観測されている。幸い大きな被害はなかったようだが、東日本大震災を知る私たちには大いなる脅威であった。
2月は北京オリンピックでの日本勢の活躍が報じられた。過去最多の18個のメダルを受賞したという。なかでもカーリング女子のロコソラーレの再びの活躍や、最後の出場となった羽生結弦の無念の演技などが話題になった。私はオリンピックが相変わらず政治や商業に振り回されていることから、国家対抗という形式以外を模索するべきではないかなどと考えていた。
そして何よりも残念だったのが、ロシアのウクライナ侵攻が始まったことである。オリンピックを機に中止されるかという淡い期待は裏切られ、閉会式後には本格的な戦闘が始まってしまった。そして、今も継続しているというのは何とも残念だ。戦争は互いに疲弊するだけで、しかも怨恨を残すだけだ。権力者や一部の利権者の思惑に惑わされてはならない。
3月は下旬に電力需給が逼迫し、節電が呼びかけられた。東日本大震災のあった月だけに過去の計画停電が一瞬脳裏をよぎった人は多いだろう。この後も時折電力の不足がニュースになったことがある。原子力発電を再開できない現状では、エネルギー供給の問題が焦眉の急である。発電量を増やすことと、使う電力を減らすことの両方を実現しなくてはならない。
この月には韓国の大統領が尹錫悦氏になり日韓外交にようやく変化が期待される時代がくると期待された。文前大統領が反日を利用して政権を維持していたため、日韓関係は戦後最悪と言われる状況になり、安全保障上も問題になっていた。いわゆる日本製品不買運動も先進国とは思えない方法であったため、韓国の国際評価を下げてしまっていた。過去の歴史に関する論争は継続してよいと考えるが、そのために現在の政治経済を不安にする方策は両国ともとるべきではない。世界地図を広げれば誰でもわかるように日韓と台湾は自由主義を標榜する国家としては辺境にある。協力こそすべきであり、不要な争いはいけない。離間の計にはまっていはならない。
3月になればコロナの問題は終わるだろうと思っていたが、そうはいかなかった。