もうn個の世界

 メタバースの技術が発展するともう一つ、もしくはさらにいくつかの仮想世界が体験できるという。専ら新たな商機としての開発のように思えるが、果たしてこれには副作用はないのだろうか。

 メタバースが使える水準になれば、そこでものを買ったり何かを学んだりすることが可能になる。さらに恋愛や結婚などという濃密な人間関係も可能だ。国籍や性別を超えることもたやすい。まさに夢の世界とも言える。

 でも、よく考えてみよう。私にとって理想的なもう一つの世界は、あなたにとっても素晴らしいものなのだろうか。きっと夢見る人の数だけ理想的な世界は存在し、それを纏めることは不可能なのだろう。誰にとっても都合のいい世界など存在し得ない。

 となると、何者かにこの世界は素晴らしいと吹き込まれるとそう信じてしまう人が出てくる。自分の感性よりも他人に左右されるという意味において現実社会と変わりない。するとまた別の仮想世界を求めることになる。果てしない逃避が続く。

 メタバースとは何か何を目的とするのかは考えていかなくてはならない問題だと思う。

 

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