
何がよいか、何が悪いか。何が美しく、何は醜いといった価値観は共時的には絶対的な価値のように見えて通時的には相対的なものに過ぎないことがある。私は古典文学を読んでいて常にそれを感じるのだが、もっとわかりやすいのが美術史を学ぶことでわかるようだ。
たとえば現在、新宿のSOMPO美術館で開催中のスイス・プチパレ美術館展の展示をみるといい。印象派からエコール・ド・パリに至る作品をほぼ美術史的時系列にそって並べた展示であり、とても分かりやすい。印象派前史を知る必要があるが、印象派が色彩の独特の使い方を開発し、絵画の革新をしたかと思ったら、点描画に進んだ画家やフォーヴィスムやキュビスムに展開した画家もいれば、エコール・ド・パリと総称される個性的な画家もいた。それぞれが独自の価値観を持ち、それが年代とともに変遷していく。
それまでは駄作と言われていたものが、あるきっかけで価値のあるものとされるという現象は美術史にはしばしばみられるようだ。おそらくそれは美術だけの問題ではない。私たちが常識として持っている価値観は実はかなり流動的なものであり、決して絶対的普遍的なものではないということだ。このことは常に思い返さねばなるまい。
美意識というもっとも根源的なものと思われるものでさえも時代的な変化がある。美女の定義を21世紀風にしてみれば、おそらくほかの多くの時代の先人に否定されるだろう。それほど価値観は変転するものであり、それを踏まえて私たちは生きる必要があると考える。
