何でもネットで手に入る時代に実演者が価値を見出すことはどこにあるのか。それはやはりライブの醍醐味以外にはないだろう。
情報はたとえばYoutubeのような動画サイトでいつでもどこでも取り出すことができる。それが数年前のことであろうと全く問題はない。しかし、情報が取り出せるのと、そこに説得力を見いだせるのかということの間には距離がある。やはり我々は時空を共有したものに価値を見出すし、そうでないものはステレオタイプ的な価値観念のなかで図式化されたものの見方をしてしまう。
正しいか否かと言う前に、時空を共有できているのかということが判断の材料になっているのは確かだろう。時間や空間の制約を乗り越えた情報はなにか干からびていて、どんなに正しいとしても味がないような気がしてならない。それが個人的な判断を求める場面では劣勢になることもある。すべてを機械の判断に任せることはできない。少なくとも今の世代にとっては。
失敗があったとしても我々は目の前のパフォーマーに敬意を払うべきだ。時間と空間を共有する演者と巡り会えた幸せを噛みしめるべきだと思う。
