勝手な共感 運動不足快勝のため近くの公園を走っている。周回できるように設計された走路にはさまざまなランナーが通過していく。私もその一員となって重い身体をゆする。 走っているうちに、勾配差し掛かって苦しくなったりら周囲の視線が気になってペースをあげたりする無意識のローテーションができる。それをおそらくトップランナーも味わっているのだだろうと勝手に考える。 そういう思い込みが身体を前に運ぶ。これはなんなんだろう。私は重い身体をじたばたさせながらいつもこういうことを考える。 共有:TweetTumblr で共有いいね 読み込み中… 関連 エッセイ