人に頼らず楽しめるもの

 最近読んだ本の中で楽しみは一人でできるものを持っていた方がよいというのがありました。一つの真理ではあります。

 誰かのために何かをするというのが人間の究極の喜びであるとの考えにも接したことがあります。集団で生きる人類にとって他人への奉仕はいわば生物の遺伝的な幸福感の一つと言えるのかもしれない。そう考えさせられる言説でした。しかし、自己の幸福感を他者との関係に求めすぎるとたいていはうまくいかない。自分の思い通りに他者が動いてくれることは稀ですし、そう願うこと自体が他者にとっては迷惑になるときもあります。すると自己の幸福追求が他者にとっての不幸の始まりになってしまう。

 だから自己の幸福を追求する際に他人の反応を求めなくてもいいものを持っているべきだということになります。他人がどうであろうと自分が幸せを感じ、楽しみとなるものがあるのがよいというわけです。他人に迷惑を掛けず、結果的に他人にも幸せを感じさせるものであればなおよい。芸術活動の多くはこの枠に収まることですし、一部のボランティア活動もそれに含まれるかもしれない。いちいち他者の反応を気にしなくてもよい趣味的な活動があるといいというのでしょう。

 私にとってそれは何だろう。幸せを感じるほどのなにかを見つけなくてはと考えています。実はもうあるのかもしれませんが、具体的に意識していることはないのです。

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