ノートの誘惑

 このブログも含めて最近はキーボードやスマートフォンのスクリーンを使って字を書くことが大半になっています。でも、定期的に手書きノートの魅力に誘われることもあります。

 私は仕事では万年筆を使うことが多いのですが、それも採点や添削など一部の業務に限られています。普通の文章を書く場合はどうしてもデジタルで行ってしまいます。書き直せることと、保存、検索が可能であるという魅力はどうしても捨てがたい。

 ただ直感的に字が書けることや、レイアウト、図などの自由性からやはり手書きの利点は大きい。いわゆるバレットノートの方法を知ってからは、日々の記録と思い付きノートは一冊にして時系列順にどんどん書きこむというスタイルにしてます。あまり整理しようと考えないことで、かえって思い付きの蓄積が保てるようになりました。何よりもパソコンで仕事をしているといろいろな業務がマルチで同時多発的に襲い掛かってきて、さらにいろいろな誘惑も一画面上で行えるため分裂的な精神状態になってしまう。紙面だと書くことに集中できるという利点があります。

 デジタルとアナログと用途によって使い分けることが大切なのは分かっています。しかし、私の場合はしばらくするとエントロピーの増大が現れ、やり方がごっちゃになり始めます。自分で決めた方針がなかなか守られない。それこそが問題なのです。時に現れる手書きノートの誘惑は、記録と思考という原点回帰を促すものとして私なり貴重なものだと勝手に考えています。

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