平安時代に成立した「物語の祖(おや)」と呼ばれる『竹取物語』の冒頭部分です。有名な話なのでご存知の方は多いでしょう。ただ、原作を読むと意外な一面があることに気づきます。高校の授業で学校の先生はその点についてどのように説明されましたか。そのことを思い出しながら、ぜひお読みください。
原文
今は昔、竹取の翁といふ者ありけり。野山にまじりて竹を取りつつ、よろづのことに使ひけり。名をばさぬきのみやつことなむいひける。その竹の中に、もと光る竹なむ一筋ありける。あやしがりて寄りて見るに、筒の中光りたり。

それを見れば、三寸ばかりなる人、いとうつくしうてゐたり。翁言ふやう、
「われ朝ごと夕ごとに見る竹の中におはするにて知りぬ。子になりたまふべき人なめり」
とて手にうち入れて、家へ持ちて来ぬ。妻の嫗(おうな)にあづけて養はす。うつくしきこと、かぎりなし。いとをさなければ籠(こ)に入れて養ふ。
現代語訳
昔々、竹取の翁と呼ばれた者がいた。野山に分け入っては竹を取り、それを様々なものに作り変えて使っていた。名前は、讃岐の造(みやつこ)といった。この者が取る竹の中にある日、根本が輝く竹が一筋あった。不思議に思って近づいてみると、筒の中から光っていたのだった。
それをよく見てみると、9センチメートルほどの人が、たいそう可愛らしい様子で座っていらっしゃった。そこでこの翁は「私が毎朝毎晩見ている竹林の中にいらっしゃることで分かった。私の子供におなりになるべき人なのであろう」と言って、手のひらで包みこんで、家に持って帰った。妻である嫗(おうな=老婆)にあずけて育てさせた。その子の可愛らしさと言ったらこの上ない。たいへん小さかったので籠にいれて育てたのだった。
解説
思い出されましたでしょうか。いやあ懐かしいなんて声も聞こえてきそうですね。これが「竹取物語」の冒頭部分なのです。かぐや姫の話ですよ。
私たちがなんとなくイメージするかぐや姫は、竹から生まれて美人になって、貴公子に求婚されて、しまいには帝(みかど)にまで求婚されたのにすべて拒絶して月に帰ってしまう、という話です。月に帰るときには涙して、定めのためにかえっていく...といったイメージでしょう。
ところが、原作の「竹取物語」は少々趣きが違います。はかない柳腰の乙女という印象とはほど遠いかぐや姫が出てくるのですよ。
竹から発見されたとき、すでにかぐや姫は生まれており、しかも3寸、約10センチ弱のミニサイズです。だから翁は手のひらで抱えることができたわけですね。ちなみにパンダは誕生時は15センチほどというのですから驚きです。まあ、単なる「竹つながり」であり特に意味はないのですが。この後を読むとわずか3ヶ月で一人前の身体に成長したのですから、急成長をしたわけです。
見逃しやすいのですが、翁がかぐや姫を発見できたのは「もと光る竹」であったからです。この輝きはどこから来るのか、それはかぐや姫の身体だと言うことになりますね。かぐや姫は発光する身体の持ち主だったのです。古事記には衣通郎姫の伝説がありますが、どうも古代の美人は美しすぎると光を放ってしまうらしい。暗いときには便利ですね。
今回のまとめ
かぐや姫は超ミニサイズから急成長。美しいあまりに発光していた。
