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未来のインターフェース

 若い世代には信じられないだろうが、ある年代から視力が著しく低下する。次に聴力が来るのだろう。この境地は経験しないとわからないものがある。脳の回転も残念ながら鈍る。これを放置すると認知症になるのだろう。

 これを支援するシステムを完成すれば、大いに社会貢献できるだろう。場合によっては、格別の商機にもなる。だから言いたい。若者よ年寄の言葉を聞け、そこにチャンスが転がっていると。

 これからは高齢化社会になる。高齢者を引退させてはならない。それは若い世代にも不幸をもたらす。そのためには高齢者用のインターフェースを考えるべきだ。爺ちゃん婆ちゃんに現役の消費者になってもらえれば若者たちの活躍の場が確保できる。

 そして実はこの現象は世界のあちこちで起こる。その時にノウハウを輸出すれば次世代のGAFAも夢ではない。日本の若者に期待している。

自動運転

安全な道でありたい

 高齢者による運転ミスの問題は今後ますます増えていくはずだ。私自身の問題としてもやはり、いざというときの脳の瞬発力が残念ながら減退していることを感じることがある。高齢化社会にあってこれは宿命であり、まさに焦眉の急の課題だ。

 自動運転の技術は我が国においては国家的な事業とすべきだろう。完全な自動運転は難しい段階でも、あきらかなアクセルとブレーキの踏み違えがおきたときに対処する制御システムを先行開発し、実装すべきだろう。オールインワンよりも実態にあったものを先にというのはこの場面でも言える。

 例えば駐車場での車の誘導の自動化は設備投資的にも実現しやすいものだろう。コンビニの駐車場に入ったら、あとは自動で駐車スペースに停められる。公道に出ると自動が切れるというのはいまの技術でも可能なように思える。

 逆走を知らせる警報の設置もできるはずだ。GPSの精度はわからないが、道路脇に物理的な誘導装置を設置しておけば解決できそうだ。

 恐らく素人のわたしがこんな戯言を言う前に技術者のみなさんはもっといい考えを持っているはずだろう。それがなぜ実現できていないのかを問題とすべきだ。高齢化社会のなかでどのように安全を保つべきなのかを真剣に考える必要がある。期限はすぐに来る。後回しはできない。