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哲学の重み

 翻訳アプリの精度が上がってきたので非英語の外国ブログを読むことが増えている。最近はスペイン語とアラビア語のブログを読んだ。さすがに機械翻訳の限界と思われる不自然な訳もあり、完全には理解できないが、それでも概要は想像することができる水準までにはなっている。

 それらのブログを読んでいて思うのは哲学の知識がかなりふんだんに使われているということだ。西洋や中東の人々はどうも哲学的な話をするのが好きらしい。自分たちの考え方の尺度、もしくは基準として先哲の考えを引用しながら論を展開することが多いように思える。

 日本の思想家の多くは西洋哲学を熟知しながらも、どこかで日本なり東洋なりの思想背景を感じさせる何かがある。それは自然を包み込むような包容力のようなものかもしれない。西洋の場合は異論に関しては絶対に許さないという感覚がある。こうした違いがブログのレベルでもうかがえるのは面白い。

 私の記事はそこまで深く考えられていないのは恥ずかしい限りだ。せめて日本らしいものの考え方を分かりやすく示せればと考えている。

みんなマスクをしています

 今日は翻訳ソフトを使って読んでいる方にも誤解なく伝えるために易しい日本語で書くことにした。

 日本の政府の方針で昨日からは多くの場所でマスクをつけなくてよくなった。これまではほとんどの場所でマスクをつける義務があった。これを怠ると、その施設の従業員から注意をされることもあった。それがなくなったのだ。

 2020年ごろ、日本ではコロナウイルスに感染する人は他国と比較すると極めて少なかった。それが、2022年ごろからは感染者数が増えていった。日本人はマスクをつけ続けていた。ワクチン接種する人の割合は国際比較すれば恐らく高かっただろう。しかし、感染者は増え続けてしまった。だから多くの国民はマスクをつけ続けた。理由はよく分からないが、つけている方が安心と言われていた。その結果、ちょっとした問題も起きた。マスクをしていない人への行き過ぎた叱責だ。

 日本人がマスクをつけ続けたのにはいくつかの要因がある。その一つが厳しい自主規制である。法的に刑罰の対象になることはないが、マスクを着けていないという理由で注意されるという場所はかなり多かった。それは国民性の影響もある。

 日本人は周囲との調和を重んじる。だから、自分だけ他人とは違うことをすることは避けようとする。自己の主義を貫くことはしばしばわがままとされるのだ。だから、マスクは明らかに要らない場所でも外すことはない。昨日近くを歩いた公園でマスクを着けていないのは幼い子どもだけだった。

 もちろんこの時期にマスクをする理由はコロナウイルスだけではない。大量に植林されたスギやヒノキの花粉が飛散してアレルギー反応をもたらす。学者によっては日本人の大半がこの手のアレルギーを起こしやすい遺伝子を持っているらしい。だから、マスクを外すのはこのピークが終わる来月ごろからという人が多いはずだ。私もその一人だ。

 日本に訪れる方やニュースなどで日本の街角の映像が放映されるのを見た方はいまだマスクの集団が大半であることを不思議に思うかもしれない。だが、このような事情があるからであり、危険な訳ではない。念のため不織布マスクを一つ鞄に入れておくといい。何かと役に立つだろう。

12年目

 東日本大震災から12年が経過した。12年も経つとかなり記憶が曖昧になっている。それは経年の習いでもあるし、災禍を忘れ去ろうとする本能も関係している。でも忘れてはならないことである。

 いわゆる被災地ではない場所に住んでいる私にとってもこの震災は大きなものだった。ちなみに私が住む市内でもこの災害による死者は出ている。しかし、建造物の倒壊は軽微であり、ライフラインも何とか保たれた。福島第1原発の事故による放射能漏洩の恐れが連日報道され、過敏な人は国外に去った。しかし、多くの市民はなにもできず、出資を控えた企業の影響で、公共広告機構ACの啓蒙的なビデオが繰り返し流れたことを覚えている。

 地震発生の日は職場から帰れず、翌日からは途中駅までしか鉄道が動かなくなった。それでもパニックも起きず、食料の供給も途絶えなかった。私は当時からブログを毎日書いていたが、そのころの書いた記事を時々読み返している。焦りや怒り、そして根拠は薄いが希望を持つべきだというメッセージを書き連ねていた。

 12年経ってその後に起きた他地域での地震や、景気の悪化、政権交代、そして近年のパンデミックなどで震災の印象はかなり薄くなってしまった。しかし、南海トラフ地震の可能性は依然として高く、壊滅的な被害がでるとの予測もある。いざというときに何をすべきなのかをもう一度考えたい。

 震災から12年。もしあの時、自分が被災していたらと思うと複雑だ。その日の被害者が12年後に何をしている可能性があったのか。それを思うとその人の可能性が失われたことに大きな悲しみを感じる。そしてその代わりに生きているおのれのことをもう一度考えなくてはならないとつくづく思うのである。

自動運転車待望

 高齢者が起こす自動車事故が増えている。若い世代には分からないかもしれないが運動神経の衰えは自覚しにくい。だから、いつまでも大丈夫だと思って運転すると思わぬ事故を引き起こす。

 こういう事故の後、必ずどうして高齢者なのに運転するのか分からないという批判が出る。しかし、多くの場合わがままとか自己本位などではなく、運転しなくてはならない事情があるのだ。

 高齢者が運転しなくてもいい社会を作るのがこの国の一番の目標だ。例えばコミュニティバスや相乗りできるタクシーなどは実現しやすい。法整備を急ぐべきだ。テクノロジーの発達も期待したい。完全自動運転の自動車はいつになったらできるのだろう。

 自動車事故が過去の記憶の中だけになるような社会を実現するのはそれほど遠い未来ではないだろう。超高齢社会でかつ複雑な国土をもつこの国が自動運転システムを開発することで世界に希望を与えよう。目的を持てば実現は可能になる。

脱マスク間近

 13日からマスク着用は個人の判断となる。多くの企業ではこの方針に従うと発表しているが、接客を中心とするサービス業では従業員のマスク着用を続けると公表している。

 私の場合はコロナウイルス以上に花粉の飛散が問題なのでしばらくマスク生活は続けることになる。恐らく多くの方々はマスク生活を止めることになるだろう。すでにコロナはインフルエンザと同等の病気と認識されている。

 マスク生活が終わると何が起きるだろう。一時的な感染者増加は起きるはずだ。しかし、かつての脅威はない。むしろ人々の活動が活発になることによる様々な変化の方が気になる。再び喧騒の世界に我々は復帰できるのだろうか。

 学んだことがあるとすればソーシャルディスタンスをとっても社会は維持できるということだ。人口減少の未来を少しだけ予見できた。人的資源が失われても社会をどのように運用するのかを知ることができた。だから、決して慌てる必要はない。

 むしろこの自由になった空間で私たちは日常を楽しむべきだ。そしてダウンサイジングする社会をどう切り盛りするのか考えるべきだ。マスクを外したらまずはこの国の将来を考えよう。自分ためにも家族のためにも。

みんなで支える

 日本のアドバンテージを考えるとみんなで支えるという考え方に親和性が高いということではないか。現代人はかなり利己的だが、それでも仲間に対する思いやりには長けている。これは人種とか地域性とかではなく仲間と認めたものに対する気持ちだ。

 これは同時に仲間でないものを斥ける排他性と表裏一体である。中根千枝氏の先駆的研究が指摘する通り、他所者に対する冷たさは日本人のもう一つの側面だ。この事実を忘れてはならない。我々は仲間としないものにはかなり手厳しい。理論的に反目しているならばよいが理由なく相手を認めないことも普通に行われる。

 民族論者ではないがこうした国民性を活かすことも考えるべきことだろう。仲間に対する優しさと仲間でないものに対する冷淡さはいかにして活用すべきだろうか。様々な答えが考えられる。

 結果としてみんなのために貢献できる国民性は地球市民としては益となる。つまりは地球市民という概念を獲得することが日本人の強みになる可能性があると感じている。遠い目標だが、達成不可能ではなさそうな気がする。それが日本人のポテンシャルだろう。

トルコ大地震

 トルコ、シリア両国の地震による死者が5千人を超えるとの報道がある。人道的支援を急ぐべきであり、また現地の情報を来るべき日本の災害でも生かせるようにすべきだろう。

 トルコは断層が多く、地震が発生しやすい条件がそろっているという。その点は日本に似ている。また、日本の様に免震構造を取る建築物が少なく、被災すると大きな被害が出やすいという。この辺りは日本の技術を伝える必要がある。表現は気を付けるべきだが商機にもなるだろう。

 トルコの対日感情は極めて良いという。それは1890年のエルトゥールル号事件が影響していると言われている。紀伊大島の樫野埼で座礁した同船の乗組員を大島村の村民が総出で救出活動にあたり、69名が救出された。死者行方不明者が587名の大惨事であった。生存者は日本の軍艦でイスタンブールまで送り届けられたという。日本の救出活動の様子はトルコに伝えられ、その印象が日本や日本人への好感度につながっているという。

 地震国としても共通する国は今後も大切にしたい。災害時は互いの知恵を出し合い、困難を乗り越えるべきであろう。

祭りの復活

 コロナで中止していた各地の祭礼が復活しつつある。マスクの規制がなくなれば一気に増えるはずだ。

 祭りには地域の人々の心をまとめる力がある。それが多少浪費をしても続いてきた理由にほかなるまい。祭りのために日常の利害関係を超えて地域がまとまる。祭りの催行が皆の目標になるのである。

 人々のつながりはメディアを通さずに直接触れ合うことが基本になければならない。この部分が抜けて、ソーシャルメディアの方ばかりを重視するから、人間関係がおかしくなるのだろう。もちろん、地縁にもさまざまな問題はある。それ以上に益となるものが多いと思う。

 幼いころ、下町の祭礼は楽しみであった。なぜ、こんなに大人たちが熱狂するのかは分からなかったが、その日ばかりは待ちゆく人が優しくなるような気がした。祭りの復活は共同体の維持のためには欠かせない。ようやくそれが再開することをうれしく思うばかりだ。

戦車連合

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 ウクライナの戦争が終わらないのはどうしてだろう。ロシアの侵攻が 始まったとき、その不当性は抜きにして早晩侵略は成功してしまうのかと思っていた。しかし、来月で1年になろうとしているのにいまだ解決の糸口が見えない。ロシア側はより強い兵力を向けると言い、ウクライナは欧米諸国から武器の供与を受けている。形を変えた世界代理対戦の様相だ。特に最近の報道では戦車の供与が話題になっている。その中にはかつて第2次世界大戦の同盟国ドイツの製造した戦車も含まれるという。

 日本は地理的文化的に少し離れているのでこの戦争に関してはいまのところ距離を置くことができている。しかし、グローバル社会においてはこの戦争がもたらす経済的な問題がすでに市場におよび、ロシアやそれに近い中国の隣国である我が国はいつまでもオブザーバーではいられなくなっている。

 軍事的な側面に関しての関与は絶対に避けるべきだろう。この際、日本の科学力を示すべきだという考えを持つ人もいるようだが百害しかない。軍事的協力は東アジアの平和のためには危険性しか生まない。戦地の情報は研究に値するが直接関与することは頑強に避けるべきと信じる。

 民間支援は今できることだ。使い捨てカイロの提供は話題になったが、被災地での緊急物資のアイデアは戦地でも活用できるはずだ。政府が行ったソーラー・ランタンの提供のための支援はその一策としては評価したい。

 短期的には達成できないが、長年切望しているのが平和に関する専門家を養成する高等専門機関の設立である。なぜ戦争が起きるのか、起きた場合はそれをどのように解決すればいいのかを学問的、実践的に行う専門家を養成する大学なり大学院を日本に作るべきである。個人の研究室としてはすでにいくつかあるが、国際舞台に人材を送り出す段階にはないようだ。「けんか」のおさめ方の専門家を養成することこそ今の日本の立ち位置にふさわしいのではないだろうか。戦車連合に加わる方法以外の日本のやり方を示すべきだ。

失われた感触

 時代が変わるとなくなるものがある。現代社会は進歩が速いためにそれを人生の中で感じることができる。私でさえそれをいくつも感じることがある。

 視覚的なものは大きく変わり続けている。街の風景は刻々と変わり、少し前のことを思い出せない。もっと前のことを考えてみる。いまは住宅地として有名な場所もかつては雑木林の連続であった。薄暗さのなかに踏み込みにくい雰囲気があった。うっかり足を入れると不可思議な動物に襲われるかもしれないなどと、子どものころは真剣に考えたものである。

 耳で聞く感覚にもなくなったものは多い。駅の改札で聞こえていた改札の際の鋏の音はある世代以下の人は知らない。原宿駅の改札にも駅員たちが並んで鋏を入れていたことは記憶の隅にある。客がいなくても空うちをしていたので、常に鋏の音が響いていた。その後、紙の切符を機会に入れる方式となり、今は非接触型のカードやスマホ、スマートウォッチをかざすだけなので音は出ない。確認の電子音がわずかに響くだけだ。非接触を信じられない人がカードを読み取り機に当てる音が耳を驚かすことはあるが。

 嗅覚も変わった。かつては下水道の普及が足りないところがあり、どんな町にもどぶ川があって悪臭を放っていた。今はめったにない。これはいいことだが、使ったものは適切に処理しなくてはならないと思う気持ちが人任せになっている。ものを大切にしない気持ちがどぶ川よりも社会悪を発生させる可能性がある。

 触感もなくなったものがたくさんある。ダイヤル電話を回すときの指先の緊張感を私は覚えている。回すときは思い切ってやらなくてはならない。躊躇してしまうとうまくストロークが計れないらしく間違い電話になってしまっていた。

 味覚は常に変わり続けているから、逆に変化には気づけない。昔のお菓子はもっと甘かったし、何か体に悪そうな合成的な味がした。そういうものは今は少ない。おそらく、子どもの自分に今のお菓子を食べさせたらおいしさに感動するに違いない。その代わりに砂糖の代用甘味料などが入っているので、人体に将来どのような影響が出るのか分からないともいう。昔と今とどちらがいいのか分からない。

 失われてしまった感覚はいくらでもある。時々それを思い出すことで、いまの生活を客観できるかもしれない。